こんなことを考えてみた


かの兼好法師は、自らの著作の冒頭でこう語っている。

つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひてこゝろにうかぶよしなしごとをそこはかとなく書きつれば、あやしうこともの狂ほしけれ。
─兼好法師『つれづれ草』より

「つれづれなるままに」「こゝろにうかぶよしなしごと」を書き綴った兼好法師に倣い、我も我が「つれづれ草」を書き、この分身どもを世の中へ送り出そう。

…とは書いてみたものの、実際は厄介なもので、普段何もないときは全く何も思いつかないのに、いざ何かやろうとすると、堰を切ったようにこのような文章とも独り言ともいえぬ代物が流れ出てくる。あたかも、試験前になるととたんに部屋の掃除をしたくなる学生のようなものである。

これらの文章は、そういったときに常日頃考えていることなどを書きためて一つのものにしたものである。それぞれの文章の中には、何かの機会に恵まれて既に公表したものもあるが、ほとんどのものがあるものは大脳の、またあるものはハードディスクの奥底に眠っていたものであった。自分の本職に関するものもあるが、文章の大方はコンピュータに関するものであり、その点からいくと門外漢の書いた勝手な文章かもしれない。しかし、自分では自信をもって書いたものである。

昨今、「学際化」や「学問の総合化」という言葉が学問の世界では飛び交っている。この本も音楽学と情報教育学という全く異なる分野を考えている人間が、それぞれについて何かまとめることができればと思って書いている部分もある。この中味がその一助にでもなれば幸いである。

ところで…ご存知だろうか、隠すのに最も確かな方法、それはすっかり公開してしまうことだということを。
─エイゼンシュタイン(大石雅彦訳)『わが子にそれをいかに伝えたものだろう』

世間を震撼させる出来事から新聞の片隅の何気ない出来事まで、Matsyが思いついたことを書き綴る「こんなことを考えてみた」です。メールマガジン「こんなことも考えてみた」でも「ちょっとだけ考えてみた」とゆーコーナーを作っていますが、
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